| 生年 | 文政10年(天保元年、3年説も) |
| 出身地 | 水戸 |
| 役職 | 局長 |
| 略歴 | 下村継次、木村継次。 光幹。芹沢貞幹の3男としてうまれる。水戸藩の勤王家武田耕雲斎に師事し、江戸に出たあとには「神道無念流」の戸ヶ崎熊太郎の門人となり免許皆伝となった。 文久3年に浪士組に参加し上洛。浪士組本隊の江戸帰還が決定すると、3月10日には近藤らと残留を希望し、12日には会津藩お預かりの壬生浪士組の一員となり、15日には会津藩邸を訪問し、22日の嘆願書にも連名した。 |
| 事件 | 大坂力士乱闘事件、大和屋焼き討ち事件、八月十八日の政変 |
| 最期 | 文久3年9月18日、八木邸で暗殺される。 |
| 墓所 | 壬生寺 |
| 一言メモ | 芹沢=悪!というイメージで書かれていない本も意外と多いんですね(^^;)「燃えよ剣」のイメージだと、憎ったらしいんですが(笑)。大和屋の焼き討ちも、実は芹沢さんが犯人ではない!という説があります。おおいにうなずけますね。 |
壬生寺・・・京都市中京区仏光寺通入 |
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| 壬生寺の芹沢さんの墓。 現在の墓碑は二代目。 |
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