――仰げば空に きらめく明星
夜昼さやかに 輝きわたる
星をしるべに みたりの博士
救世主(メサイア)を訪ね はるばる旅しぬ――
――・・・Dixit Dominus Domino meo:Sede a dextris meis:
donac ponam inimicos tuos scabellum pedum turum・・・――
Written by 柏崎夢乃
「お・・・お前が『カイン』だと・・・?!」
じりっ、と襲撃者たちが間合いをつめる。しかし、碇シンジであり、また、カインと名乗った少年はそれを意に介する風もなく、ただ悠然と立っていた。
彼等の手には、それぞれ獲物が握られていた――そもそも彼等は、銃器も接近戦も長けているという条件で選抜されたのだ。
巧妙に偽装されたカーボネイトナイフ、手の中に隠れてしまう長さから50cmにまでのびる特殊警棒、瞬時に相手を絶命させられるだけの高電圧を発するスタンガンなど・・・その意図は呆れるほど明確な道具達。
それに対する少年は素手、しかも身体付きはどちらかといえばやせぎすで、とてもそんな荒事に耐えられそうには見えない。
それでも。
彼が『カイン』である限り、そんなことは問題にはならない。
悪魔の戦闘マシーン、残酷な告死天使、血まみれの幻影――恐ろしげな形容詞ばかりが先走る『カイン』の実像はこんな年端も行かぬ少年だったが、その薄気味悪い微笑と鬼火のような蒼い瞳を見れば一目瞭然だ。
――こいつは、見た目通りのシロモノではない――
襲撃者達はじっとりと体中に冷たい汗がにじむのを感じていた。
「・・・CASPER・・・Mode GENOCIDE・・・
・・・BARTHASAR・・・System Open、Link Start・・・
・・・MELCHIOR・・・Change Paturn BLUE BLOOD・・・
――Get up,Radiant Seraph」
少年の唇が、何かの呪文を詠唱するかのように言葉を紡いだ。それが何を意味しているのか理解できているのは、彼本人だけ。
そして、まさしくそれは『彼』にとって『解放の呪文』そのものであった。
同時刻、NEO−NERV。最優先コマンド受信を確認、MAGIは『支援体制』に入った。
そして、蒼い燐光を宿した瞳が狂熱に輝き、ひとがたの『ケモノ』が咆哮する・・・。
――ひゅん。
唐突に空気が鳴った。
襲撃者の機先を制してシンジが動いたのだ。
「何ッ?!」
ごろり・・・と転がった犠牲者の生首が、うらめしげに宙を睨む。首を失ったその身体が、くずおれながら襲撃者達の上におびただしい血の雨を降らせた。
巧妙に血の雨を避けたシンジの微笑がにいっ、と大きくなる。
――ぺろり。
シンジは、右手の指先を穢した犠牲者の血を紅い舌で舐めとった。唇の周囲が血に濡れ、それは陰惨なルージュとなって少年の貌を彩る。
「君達の力、そんなものなの?」
絶対零度のブリザードの声。触れたら瞬時に全身の血が凍ってしまいそうなほどに冷たい――すでに『冷たい』という範疇ではない――『彼』の言葉に、襲撃者達は深追いし過ぎた自分達の愚かさを呪った。
「・・・『僕』は今日、機嫌が悪いんだ・・・今、ここで大人しく帰るなら見のがしてあげなくもないけど、あえてそうしないって言うんなら生命の保証はしないよ・・・『僕』は、力加減が致命的に下手だからね」
「・・・!」
特殊警棒を構え、彼の背後から一人が突進し――その時。
――キィィィィィン!!――
硬質の金属音。少年の左手が軽くかかげられ、その掌から冷たく輝く金色の光が放射状に広がっている。その光にからめとられて動けなくなった男の顔が、驚愕に歪んだ。
「・・・なんだ?!」
金色の光が収束していく。光の力場が徐々にせばまり、男の表情が驚愕から苦悶に変わってゆく。
「う、う、うわああああ?!」
ぐぎっ。
骨の鳴る、嫌な音がした。
べき、ばきん・・・ごき、ぐきっ、べきん。
男の目が飛び出さんばかりに見開かれ、恐怖の悲鳴があがる・・・いや、その喉から飛び散ったのは悲鳴ではなく、深紅の血であった。
金色の光は男の身体から絞り出される血をすべてはねのけ、シンジの身体を汚すことはない。
「・・・ぐぁ、が、かはぁ・・・」
すでに声とは呼べない。光の力場は男の身体をさらに締め上げる。あり得ざる力によってねじ曲げられた手足、皮膚を突き破る骨の先端、全身から吹き出す血。
――ばきぃっ。
ついに光の力場が男の脊髄を粉微塵に砕き、男は苦悶の表情を顔に焼きつけたまま絶命した。
「・・・つまんないなあ」
シンジがあげていた左手をひと振りすると光は消え失せ、支えを失った肉塊が湿った音を立てて地面に落下する。
「もっと『僕』を楽しませてよ・・・『僕』の『蒼い血』を燃やせるぐらいにさぁ・・・」
少年はうつむき加減だった顔をついとあげる。その双鉾に、蒼い鬼火が妖しく燃えている。
「ねえ、もっと『僕』を楽しませてくれる人はいないの?」
襲撃者達はすでに退くも攻めるもままならず、その場で凍りついたようになっている。
「こないの? じゃあ、存在価値なんてないね・・・任務を果たせない暗殺者なんて」
蔑むような口調で吐き捨てると、シンジは肩をひょいと竦めた・・・その仕草に刹那の隙を見い出したものか、襲撃者の一団は意表をつく動きでシンジに襲いかかった。
一対多数の襲撃は、よほど戦闘訓練を積んでいてさえ防ぐのは困難なのが普通だ。
たとえそれが妙な力を使う薄気味悪い少年であっても、瞬間的に多方向から仕掛けられた攻撃を躱し切ることは不可能――ゆえに、それがセオリーだ。
無言のコンビネーションを誇る複数の殺気が、怒濤のように少年めがけて殺到する。
その瞬間――
「・・・遅いよ」
――少年の周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、燃え上がった。
燃える陽炎の中で、少年が死の舞いを踊る。白い指先が翻るたびに鮮血が花吹雪のように飛び散り、襲撃者がその足許に倒れ伏す。
「・・・まだ、やるの?」
ただひとり残った襲撃者のリーダーと『カイン』=シンジが対峙する。さすがに、双方共に荒い息をついているが、その瞳には、いまだ衰えぬ闘志が燃え盛っている。
「・・・」
男はゆっくりとナイフを構えた。光を吸い込む黒い刃が、ぴたりとシンジの喉を狙って静止する。
少年の瞳に宿る蒼い燐光が、さらに輝きを増す。殺気すら超越した『彼』の存在感に圧倒されそうになり、男はじりじりと後退を余儀無くされる。
と。
――ぎぃん。
切っ先を吹き飛ばされたナイフの柄を握りしめたまま、男の身体が崩れ落ちる。勝負は一瞬だった。
首筋を狙ってくり出された必殺の一撃は少年のあやつる光の力場に捕らえられ、次の瞬間には刃が吹っ飛んだ。
男が最期に見たもの、それは、蒼い燐光を放つ双鉾の奥の深い哀しみの色。が、そうと理解しきれぬうちに、男はこと切れていた。